「僕と雷と」第15話



透は人生は流星のようなものだと言った。

あの時、私は口には出さなかったが、私の価値観とは違うな、と感じてはいた。

そもそも、人生――いや、生きるってことはどういうことか。

子孫を残すだとか、寝て食べて寝る。と言ったことを言っているのではない。

私の言いたいのは、よりよく生きる、ということ。

よく見る単語ではあるし、その定義も曖昧で具体的な方向を刺しているわけでもない。

だが、その曖昧さが、私は好きだ。

では、より良く生きるためにはどうすればいいのか。

よりよく生きるということは、過去よりもよい生活をする、という捉え方も出来る。

つまり、過去よりも快適な生活をすることのことなのだろうか。



私はそうは思わない。

何故か?それは、例え一筋の光だろうとも、それが見えれば、やはりそれは幸福なのではないかと思うからだ。

―――しかし、それは流星では余りに照らす光は弱すぎる。

私は思うのだ。

人生を照らすには、やはり雷ぐらいの存在感や威圧感がなければと。



・・・だが、それは私の話だというのは補足しておこう。

他人を理解するのは、到底無理なことなのだから。

それをすることはもはや、同一の存在でなければならないだろう。









―平原に豆電球を見る(前)―









僕は進んでいく。ゴールはまだまだ先だ。

慣れたとはいえ、車椅子で移動するのは堪える。

しかも、音をしっかりと聞き分けなければ僕は進むことができない。

だから、僕は慌てない。

あれから一時間は経ったが、誰も僕を追いかけてくるような様子はない。

それはつまり、僕の探求、もしくは逃避が病院側から認められた、ということなのだろうか。

それはありえないな、と鼻で笑い、僕は杖を握る手の汗を拭った。



完全な暗闇に想像することで、僕は世界を構築している。

いわばそれは妄想の世界。

誰もが到達出来るが、決して僕以外は到達出来ないであろう空間。



ゆっくりと進んでいく。

だが、やはり。

そこには何もなかった。



「今はどこらへんだろうな」



ため息をついて、首の骨を鳴らす。

ポキボキという音と共に、僅ながら疲れが抜けていくのを感じた。

昔なら30分あればたどり着けた筈の家路が異常に長く感じる。

だが、それは僕が遅いだけ。道は間違ってはいないはず。



―――こんなとき、目が見えれば。



そう頭に浮かんでは、消える。

しかし、結局どうなのだろう。目が見えたら?どうなるのだろうか。

目が見えなくてもなんとか移動出来ることを身に染みるとこんな疑問が生まれる。

結局は甘えなのだ。

目が見えなくてもなんとかなる。

その事実を見ないようにして、楽に楽に状況が好転しないか指をくわえて待っていただけなのだから。

それはやはり、自らの弱さを徐々に自らに対し露呈してきていた。

僕はそれを気付かなかったようにしたかった。

だが、それは腕をいくら振り回しても霧散してくれない煙のように頭を覆っていた。



「でもなぁ・・・」



目を諦めろ、とは正直無理な話だと思っていた。

今まで、なくてはならないものだったものを奪われ、

それを返して欲しいと思うのは唯一の今見える自身の甘えであり、

唯一の自身に対する希望なのだから。



「今月は確か、あの作者の新作が出るんじゃなかったっけ?」



出来もしないことを憧れるのが人間ではない。

僕はそう思っている。憧れることは決して不可能なことではない。

ただ、困難なだけだ。それが困難過ぎるということもあるかもしれない。



―――だが、可能性は“あ”る。



「ここ・・・、だよな?」

妄想の世界の、我が家にたどり着く。

車椅子を器用に進めて玄関へと向かっていく。

今は昼間。両親は仕事へ行っているだろう。鍵は持っている。

少しだけドキドキしながらも、鍵穴に鍵を差し込む。



――それは、



・・・カチリ



あっけなく空いてしまった――



玄関に手を掛ける。僕は、その状態から動くことが出来なかった。



      ◆



「透くんが脱走だって!?」



慌ただしく看護師が歩き回る。

朝に俺が帰ってくると、当然あいつは病室にはいなかった。

ただ汚い字で、

「見つけてくる」

とだけ壁に書かれていた。

盲目の人間に字が書けるのか、とも看護師に聞かれたが後天的な障害だから書けないこともないだろう。

何せ、今まで書けていたんだから、と俺は答えた。

看護師はどうやら俺の悪戯だと考えていたらしいが、俺はこんな悪質な悪戯をするほど馬鹿ではないつもりだ。

だが、透を昨晩見たとは言わなかった。

俺は脱走ではないと思っているし、きっとここに戻ってくるだろうとも感じていたからだ。

そして身に染みて感じているはずだ。

自分がどのような状態であるかを。



あいつはきっと、甘えているんだろう。

死ぬ間際に立たされた俺なら分かる。

極論を言えば、目が見えなくとも、生きることは出来るのだから。



「銀治くん、ホントに知らないのね?」

「確かに俺は夜は起きてた。だが、知らない。それに、知ってたとしても今の婦長さん達には喋らないよ」

「なんでなの?私達には喋れないって」

「簡単な話ですよ。透は自らの意思で出ていった。ちょっと長い散歩ってだけですよ。

婦長さんは別にちょっと散歩に患者が出掛けても、心配しないでしょ?むしろ、言うはずだ、」

「「気分転換にはいいんじゃないかしら」って」



婦長さんは少しだけ考え込むと、俺をキッと睨みつけた。



「ふざけないで頂戴、彼は目が見えないし、訓練もしていないわ。そんなの――、もし事故にあったら!」

「その時はその時ですよ。」

「それは自らの意識ではないかもしれないけれど、仕方のないことだ。だったら死ぬのも一興」



婦長さんが俺を睨む。

先程の侮蔑を込めたものではなく、はっきりとした憎悪や嫌悪を汲みとることが出来た。



「銀治くん、あなたはもっと口を慎んだほうがいいわね」

「そうですか。学ぶ時間があれば学ぶことにします」

「是非とも、そうしてね。私は透くんを探してくるから」



婦長さんが病室を出ていく直前に俺は言った。



「婦長さん、彼はきっと螢を探しにいったんですよ」

「?」



婦長さんは怪訝そうな顔を浮かべると、すぐに視線を廊下に向けて歩きだした。



彼はきっと探しているのだろうな、と俺は言った。

それは形容し難いものではあるが俺には理解出来る。

だが、それはつまり、

「見つけてくる」

ではなく、

「みつけてくる」

が正しいとは思うのだが。



     ◆



僕は家をあとにした。

家に入ることがどうしてもできなかったからだ。

逃げだしてしまった。何から?



自分から。



     ◆



「透が脱走したって・・・、ホントに?」

「脱走じゃないとは思うけどね、散歩だよ。きっと」

「そんな―――目も見えないのに・・・、無茶です・・・」

「そうか?そんな無茶苦茶なヤツではなかったとは思ってたんだけどなぁ。なんとかなるとは考えてるんじゃないか」

「いえ、あの人はむちゃな人なんです!

そうじゃなきゃ、私を助けるためにトラックに挽かれに行ったりしませんよ・・・。ホントに、馬鹿なんです」



確かにそうだな。



「でも、あいつのことはあいつが一番分かっているはずだろ?」

「でも・・・、危ないですよ。私も探してきます!

銀治さんの隣のベッドになにがなんでも縛りつけてやりますから!」

「そりゃ楽しみだ。一つだけ俺の考えを聞いてくれ」

「なんですか?」

「今回のあいつの散歩は、きっとお前を見るためのだ。

だから、お前は自分の存在を、透になんとかして伝えなきゃいけないだろうな」

「はい・・・、分かってます。透に、私を認めさせるつもりですよ。それぐらいやってやります」



私は走り出した。透を見つけに、透が私を見つける為に。空は、少しだけ曇っていたように見えた。





―――幻想世界。

ここには何もない。いつかきた妄想の世界だ。

ここには僕しか存在しない。

だからこの暗闇の世界で、唯一光る星を見るんだ。

特に、流れ星が見えたときったらうれしいね。

今日一日いいことがあるかも!って思う。

でもここは妄想の世界。



だから、流れ星なんか幾らでも降らすことは出来るんだ。

その事に気づいてからは、流れ星はあんまり探さないようにした。

些細なときにチラッと見ることにした。

見える可能性は少なくなったけど「いいこと」なんてこんなものなんだろうと思う。

でも、やることのない僕はのんびり空を見ながら散歩しているんだ。



前を向いても真っ暗で何も見えないし

――だから、僕は光のある空を見るんだ。

でも、雲が少し出てきて星が見えなくなった。



あれしか光がないから、僕はすごくがっかりした。

そして、いつ晴れてもいいように僕は空を見続けるんだ。



――ゆっくりと空を見る。

・・・そこにはなにもない。

ただの薄曇りしか存在しない。

(続くかも)



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