「僕と雷と」第1話



―冬―









「さむ」



朝。天気予報では90%の降水確率だったが、いまのところは大丈夫なようだ。

風が僕の隣を通り抜ける。北風が冬の訪れを告げていた。

駅のホームに立つ。ホームといって改札に妙齢なお爺さんが立っているだけのわびしい駅だ。

平日の朝、利用する人数は15人ほど。田舎という立地条件もあってか、利用する人数は少ない。

他のところはよく知らないがきっと少ないのだと思う。

しかし、いまだ木造のこの駅にはふさわしい人数だと感じた。

電車を待つサラリーマン風の男はコートに身を包み白い吐息を吐きだしていた。

いつも見かけるサラリーマンの服装の変化に気づき、

僕自身も次の日から何かこの寒さへの対策をしよう、そう決めた。

もう五十年以上稼働しているだろうクハ171が駅に停車する。

乗り込む人の足取りが心なしか軽い。

なるほど、暖房が効いている。

かじかむ手をポケットにねじ込んでいた僕にとってこれはありがたかった。

ガタガタ揺れる電車とともに体を揺らしながら窓から外を見る。

すでに稲刈りが終わり寂しくなった田んぼの上には快晴の空が広がっていた。

いい天気だった。







電車に揺られること十五分。目的の駅へ着いた。

急いで電車から降りると寒さに少し身震いした。

電車内に設置されている座席が妙に懐かしく感じた。

携帯電話を開き時間を確認する。

液晶画面に映るデジタル時計は八時十五分を告げていた。

僕は足を早めつつ、階段を駆け上った。

乗客の中で一番最初に階段を上りきると、ほんの少しだけ優越感を感じつつ僕は駅を出た。

昔懐かしい商店街が目の前に広がる。ここにも近代的なものはそうない。

あるとするならば、最近設置されたのだろうライトレールぐらいだった。

僕は駅前に停車中のタクシーの運転手を視界の隅に捉えながら駐輪場へと向かった。

自転車の鍵を解錠してスクールバッグを籠へと入れる。

その自転車にまたがり、僕はペダルを強く漕いだ。寒風が肌を刺激する。

今朝の天気予報では最高気温は7℃。僕を凍えさせるには十分過ぎる気温だった。

西のほうの空に少しだけ雲が見えた。







僕の通う学校へ着く。

時計を確認すると時間は八時二十五分。

これから教室までゆったり歩いても遅刻はしないだろうが、外は寒い。

少しでも早く教室へ入るために僕は駆け足気味に歩いた。

校舎内はそれなりの気温を保っており、まだ肌寒いが外よりは幾分ましだった。

校内はなんとなく暗かった。

廊下の電気がつけていなかったこともあったが、なんとなく生徒の顔が暗い。

まだ日が高く上がってないせいだ、僕はそう解釈することにした。

早足に廊下を歩きながら昨夜の雨のせいかところどころに水たまりのできたグラウンドを見る。

そのうっすらと溜まっているグラウンドの水には雲がうっすらと覆った薄曇りの空が映っていたと思う。







「起立」



クラス会長の声が教室を駆け抜ける。

のろのろと起立する生徒と同様、僕は取り組んでいた参考書から一度目を離し、椅子から立つ。

教室を見渡すと様々な情報が視界に入ってくる。

騒ぐ人や、号令を黙殺し、参考書に取り組んでいる者。

このクラスはまだまだ一つになれていないようだった。

僕は少し溜め息をする。

気づく人がいるか、いないか。その程度の些細なものだったが。

ただ僕は自分が良ければいい、という自己中心的な性格をしているだけあって、

その溜め息も大した意味は含んでいなかった。

ただ、ちょっと気になった。それだけの話なのだ。

暖房の音が教室を満たしていく。なんとなく、それが心地よかった。







授業の開始を告げるチャイムが鳴る。

その鐘の音を聞くとクラスメートは自分の席に戻っていく。

等間隔に並べられた机と椅子に人間が敷き詰められていく。

僕も敷き詰められている人間の一人であって、漫ろに自分がどんな社会で生活しているか感じた。



「平行四辺形ABCDの対角線AC,ABの交点をOとすると――」



老体の数学教師が黒板に軽快に文字を連ねていく。

まさに宿老といったその教師の言葉に耳を傾け、僕はノートに鉛筆を走らせていた。

しかし、考えていることはノートの内容とは著しく違うことだった。

冬。そう、冬が訪れたのだ。

この季節はあまり好きではなかった。

降り積もる雪、唸る北風。そして、轟く雷鳴。

この県は雷が多い。空がどんより曇り始めるとやがて鳴り始める。

それが僕たちにとっては当たり前であって日常でもあったのだ。







突如、頭上から降り注ぐ紫閃。窓から冬天を見上げた。

天雷が僕たちを満たしていた――

僕は、この風景を好きになったことは一度もなかった。







学食の月見そばをすすりながら変なことを考えていた。

僕は大平原を歩いている。地平線まで整地された芝生が広がっているのだ。

そして、僕の隣にはいつも同じ人がいるのだ。

僕の知っている、僕の一番大切な人だ。







午後の授業も終わり、僕は帰路につく。

朝よりは幾分ましな気温と、少しじめっとした鬱陶しい薄雲が僕を迎えた。

憂鬱に思うこの天候を肌で感じつつ、

トラックや下校途中の生徒の雑踏に混じりながら僕はただ自転車漕いでいた。







発車ギリギリの電車に飛び乗った僕は空いていた席に腰をかけ

窓の外側を見詰めていたが、ふと視線を車内へ戻す。

それなりに込んだ車内。

差し詰め、ご飯の詰め込まれた弁当箱のようで、

小説の文字ように均等に整理されたものとは全く別の雑然さを感じられた気がした。

マナーのかけらもなく、平然と携帯を弄る女子高生、だらしなく席でうなだれる会社員。

この有様を見て、ほんの少しのイライラを抑え込みながら僕は、鞄にしまっていた本をとりだす。

なんてことない、ただのミステリ物だ。展開はなんともテンプレート通りで、

今まで何冊ものミステリを読んできたがこの小説は酷い。

ありきたりな伏線、ありきたりな登場人物、そしてありきたりな結末。

僕は残り数頁だったその小説を一気に読みきると、鞄にしまった。

駅に電車が到着し、僕は駅を駆け足で飛び出した。

駅を出ると、僕はあの人に微笑んだ。





「待ったかな」

「ううん」







優しく僕の手を握るこの人は、僕の大切な彼女だった。

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