「僕と雷と」第3話



―佐山梨恵(1)―









私は今、とてつもなく大きな戦いに巻き込まれていた。

それはとても強大で、厄介だった。

これぞまさに難儀なモノなのだろうと思った。

今は師走。

『木枯らしも一段と寒さを感じる昨今となりました』といった文章をどこかで読んだなぁ、

となんとなく思いをふけっていた。

太陽もさっさと顔をひそめ、空には夜が広がっていた。

今は土曜日午前0時ちょっと。透が家に帰って数分が経った頃だった。

大体いつもこの時間は脱力感でいっぱいになる。

彼が帰ることや、勉強の疲れ。

さらに深夜まで起きているためか瞼がすこし重かったりするのが今の脱力感に起因する。

私は透の言葉を思い出していた。



――「よし、それじゃあ買い物へ行こう。ちょっと手袋とマフラーが欲しくてね。この際、梨恵に選んでもらおうかと思ってさ」



彼の言葉が頭に浮かぶ。

そう彼は言うと、「デートなんて久しぶりだね」と私へ言った。

いつも受験勉強を手伝ってくれる彼になんとなく負担をかけているんじゃないんだろうか、

そう思っていたが彼の言葉にいつも疲れは見えない。

それが私をすこしだけ安心させていた。

正直なところ、最初に透を家に家庭教師として招いたとき多少の不安はあった。

それはもちろん思春期の男女間で起こるであろう些細な過ちなのだが、

その不安は見事に杞憂に終わった。

それが少しほっとして、ほんの少しさびしかった。

明日の集合は九時に私の家。

明日の着る服の準備を済ませると私は、うきうきしながら目覚まし時計を七時半にセットした。



        ◆



翌日、土曜日。午前八時半。

私は大きな後悔をしていた。

まさしく現在進行形な問題であることは間違いなく、

それが致命的なミスであることも回りきっていない私の脳みそでも考え付くことができる事象だった。

そう――私は寝坊してしまったのだ。



        ◆



朝、僕は優雅に朝食を口に運んでいた。

白米にハムエッグ、そして味噌汁の並べられた食卓にそれなりの満足感を感じていた。

時刻は八時。待ち合わせの時間まであと一時間程余裕があった。

朝のタイムスケジュールとしては十分過ぎる僕の予定は一寸の狂いもなく進行していた。

ふと空を見るが、今日の空は僕の清々しい気分と同調するかのように真っ青な青空だった。

あらかじめ準備をしておいた財布とケータイ。そして、菓子パンをバッグへ入れると、

皿と皿のかちゃかちゃと重なり合う音を聞きながら食後の汚れた皿を洗った。

ふと、流れるニュースに目をやると、画面には八時三十五分と映し出されていた。



         ◆



私は焦っていた。

とりあえず、洗面台へ急ぐと、鏡を見てちょっとした悲鳴をあげた。

急いで寝癖を直し、髪の手入れをした。

それだけで随分と時間がかかってしまった。

私はクローゼットからジーンズとセーターを取り出し、急いで着替えた。

時計をちらりと見る。時間は八時五十分を知らせていた。

私は焦りながらも荷物の準備をし、家を飛び出した。



「ごめん!」

息を切らして家から出てくる私を愉快そうに笑いながら透は玄関を指さして、

「寒いからコートきてこい。あと、玄関開きっぱなしだぞ」

と私を促した。

いつも以上に的確な対応にむっとしながらも彼の言われるがままコートを取りに家へ向かった。

そういえば朝ごはん食べる時間なかったなー、と少し思うがその時間がもったいないと思った。

ほんの少しだけでも一緒にいれる時間をとっておきたかったからだ。

一緒に朝ごはんを食べようなんて誘っても

結局は笑いながら二度目の朝ごはんを彼は快く食べてくれるだろう。

だが、それがなんとなくいやだった。

最近は特に私は彼に頼りっぱなしだ。

勉強を毎晩教えてもらっているし、ろくすっぽに一緒にいる時間もつくれていない。

だからこそ、私は一月の推薦入試に賭けていた。

もし、これに合格すれば私はめでたく受験戦争のしだらみから解放されると同時に

彼と同じ高校へ通う高校生となることが内定するからだ。

コートを引っ張り出して、私は家をでた。

彼は携帯電話を弄りながらなんだかそわそわしていた。

私はそれがなんとなくおかしくてしかたがなかった。



「おまたせ」

「お、んじゃ、いこうか」

透は私の腕をぐいっと引っ張るとゆっくりと歩を進めた。

青空が私たちを応援してくれているようでなんとなく嬉しかった。



         ◆



私たちは近所の商店街へ着いた。

土曜日なのだが、最近建設された大型ショッピングセンターへ客足が行っているのであろう。

よって商店街はほんの少しの年配の客と連なっているシャッターの閉まったゴーストタウンと形容してもよいぐらいに

寂れてしまっているのである。

そのシャッター街の中、オープンしている百貨店へ入る。

店内で冬物のコーナーを見つけると私たちは時間を忘れて相手のものを選んでいた。

透が選ぶのに二十分。私はその三倍近くの時間をかけていたのではないだろうか。

彼は半ばあきれたような顔で私の瞳をのぞきこみ、さっさとこの場から去りたいような視線を私へ向けていた。

朝、おちょくられた仕返しのつもりでゆっくりと選んでいたが。

結局、彼は淡いベージュの手袋とマフラーを買い、私は灰色の手袋と茶色のマフラーを買った。

店を出ると、彼がまってましたと口を開いた。



「公園よろっか」

そう、彼は言うと、私の手を引いて歩きだした。





少し丘になっている場所にその公園はあった。

自分たちのビルひとつないこの町を見渡すことができる。

遠くに見える山々にはうっすらと雪が積もっているように感じた。

空はゆっくりと灰色に満ちていった。

彼はゆっくりとしゃべり始めた。



「僕はね、最近とても思うことがある。いつも思うそのことは簡単なようでとっても難しい」

「どんなことなの」

「たとえば、この曇り空の下でまたこうやって一緒に話したりさ、

そういった些細なことを毎年毎年。年をとっても続けれたらなんてさ、そんなことを考えてるんだ」



なんとなく気恥ずかしそうに言う彼を私は堪らなく愛おしく感じた。



「ねぇ、んじゃ毎年来ようよ。季節の変わり目に。

桜が咲いたとき。その桜が散って青々とした木の葉が桜の代わりに咲き誇ったとき。

紫陽花の花が咲いたときや、蝉が命のこもった鳴き声をあげたとき。葉が紅葉したり、その葉が散ったとき。

そして、今日みたい冬を感じたとき。そんな時に一緒にこの公園で同じ景色を眺めましょう。約束ね」



私は一気にまくしたてる。彼はそんな私をみて、くすっとほほ笑むと、

「ああ、約束だ」

そう誓った。





それが私の最愛の人と誓ったたったひとつの契だった。

第4話へと続く



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