「僕と雷と」第5話



―光―









Winter has gone.recollect-Case1 Toru Kotohara.



ちょっとだけ意外だった。

二月の半ば、彼女が僕の高校の推薦入試に合格した。

元々優秀だったこともあってか、彼女は思いがけずすんなり合格してしまった。

個人的には「勉強を教えに行く」という口実があったので毎日のように梨恵の家に通えたのだが、

こうなるとこれ以外の理由を考えなければいけない。



僕はこれからどういう口実で彼女の家を訪れるか一刻ばかり悩んだのだが、

助け舟は僕にとって意外な事柄であちらの家からやってきた。



「久しぶりに、その・・。えーっと、恋人らしいことしないカナ?」



つまるところ、家でデートしようという誘いで間違いないとは思うのだが、

いつもそういうのは僕が言っていたので、彼女から誘われるのを少しおかしく感じた。



「え?それって――――」



僕が言葉を出そうとした時には、自分の頬に梨恵の拳がめり込むのを感じていた。

今でも思い出せる。あれはもう少し手加減してくれていてもよかったと思う。





家に招かれた僕はなんとなく緊張していた。

いつも勉強という口実で来ていた馴染みの部屋に、ただただ遊びに来るというのも不思議な気分で、のどがちょっとだけ乾いた。

彼女は少しだけモジモジしながら僕を見つめていた。

少しばかり恍惚なその視線に、僕はどぎまぎしながら、こんな表情できたという事実に驚きを隠せなかった。



「どうしたの?」

とっさの彼女の問いにびくっと肩を震わせてながらも、平静を装いあくまで年上の立場で答えた。

「いや、梨恵もそんな顔できるんだなーってさ。なんか、その・・・女っぽいっていうか・・・」



僕がこう言うと彼女は少しだけむっとすると、

僕の額を人差し指でつつきながら、「え、じゃあ私に魅力がないっていうの?」と僕に言った。

僕はそんなことないよと、笑って彼女の額を小突いた。



―――――この頃の出来事は結構繊細に思い出すことができる。

これは僕の思い出がここまでしか記憶されていないからなのかなーと、なんとなく思った。



そういえば彼女と繋がったのはその後すぐだったような気がする。

気がする、と言っても覚えていないわけではいない。

ただ、一度すると止まらない一種の麻薬的な作用が働いて、暇あれば二人で重なっていた時期だ。

だから、明確な日付は実は覚えていない。きっと梨恵なら覚えているだろうが、

『記念日』というものに疎い僕は、すぐに忘れてしまった。

こんなことを彼女に言ったら思いっきり殴られそうで怖いので、言わないでおくことにしよう。

行為の最中の普段見せない彼女の恍惚な表情に僕も普段見せない顔で微笑んだ。

ぎこちなく、滑稽なものではあったが、二人は幸せだったのだと思う。



シーツをくしゃくしゃにしながら、身を丸めて寝息を立てていた彼女は

いつもの日常の顔をしていたことに驚いたのと、

なんとなく踊らされているような気がしてならなかった。





三月、彼女は僕に真新しい制服を披露した。

ブレザーに短めのスカートはちょっと背伸びした格好に見えて諧謔に思ったが、

僕が正直謝ると彼女は笑顔で僕を許し、見返りにキスを求めた。



あの頃の彼女の笑顔は、今でも目に焼き付いている。多分これからも。





四月、入学式の翌日の事だった。二人で、へ向かう時に彼女が僕に言った。

――――僕は、

「ねぇ、今度さ」

――――何故、気付かなかったのだろうか。

「春になったし、あの公園に――」

――――もし、気付いていたならば。

「梨恵っ!危ない!!」

――――あのトラックに。

「――――――え?」



ドンという大きな音。そして、はね飛ばされた僕と尻餅をついた彼女。

その時、一瞬目が合った気がした。

それが、僕の見た最後の彼女だった。





僕は今、病院のベッドの上にいる。

だが、天井のシミを数えたり見舞いの花の花びらの枚数を数えたり、それの美しい彩りを眺めたり、

ましてや、景色を眺めて時間を潰すことも出来ない。



今でも後悔している。

別に飲酒運転のトラック運転手を責めるつもりはない。

だけど、もう一度。もう一度だけやりなおすことが出来るのなら、

そう考えると今でも涙が溢れてくる。

もう写ることのない、その瞳から。





僕の目は、電源が切れたように何も見えなくなっていた。

第6話へと続く



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