「僕と雷と」第10話



―桐嶋銀治(1)―









俺には夢があった。

遠い記憶を掘り起こす。



小学生の頃、野球選手になりたかった。

中学生の頃、まだ俺は夢を追っていた。

高校生の頃、突然夢は終わりを告げた。



それから夢は見ないことにした。自分の夢は決して見ない。それだけを誓うことにした。

俺には親もいれば、おばあちゃんだっておじいちゃんだってまだ生きている。

おじいちゃんはもう妙齢だ。いつくたばってもおかしくはない。俺といい勝負なんじゃないだろか?





“お情け部屋”。そう呼ばれてることも知ってる。

俺がそこの住人で、俺より小さい子供もいれば、両親と同じぐらいの年齢の人もいる。

そんな環境で、友達を作ることは半ば諦めていたし、つくろうとも思わなかった。



――――あいつが来るまでは。



「銀治君の部屋に一人新しい人が入るからね」



突然告げられた言葉に、俺は驚きを隠せなかった。

うれしい?そんなもんじゃない。邪魔だ、ひとりにさせてくれ?違う違う。

俺はただ、ここに入ってくる人が気の毒で仕方なかっただけさ。



「んで、どんな人?」

「あなたと年齢は近いわよ。名前は琴原透君。16歳ね。運悪くトラックにはねられたらしいわ。気の毒ね」

「俺は気の毒じゃないんですか?」



少し冗談混じりに言う。



「だって、あなたは覚悟してるじゃない。自分の運命にね。今さら、あなたに憐れみの心を向けたってね」



婦長さんは笑いながら言った。そして続ける。



「んじゃ、頑張って仲良くなってね。あなた、友達ぐらい作れるでしょ」

「はいはい。わかりましたよっと」

そういうと婦長さんは出て行った。



「覚悟なんか、出来るわけないだろ」

俺の呟く言葉は、彼女には聞こえない。





その後、予定通り俺の隣に患者が入ってきた。

どのぐらいのもんかと思ったが、見みると俺は吐き気を催した。



「こいつはひでぇな……」



彼の――いや、男かは分からないが――体中の包帯。

それに、手首から垂れるチューブ。



「なんとか会話できるぐらいか。手は動かず、歩けもしない。ほんと、五体満足なのが不思議なぐらいだな」



そもそも、こんな人間かどうかもあやしいものが俺と相部屋と考えるだけで気が重くなる。

突然襲われたりしたらあの婦長、どう責任とってくれるんだよ。



「ぅう……」



なんだこいつ。喋れるのか。意思疎通ができれば襲われるもこともないだろうな。

ゾンビだと襲われるかもしんねーしな。



「透っ!」



おいおい、また誰か来たのかよ。しかも女。

こんな死にぞこないの吐き溜めになんか用事でもあんのか?

俺は気分が悪いんだ。さっさと、ご退場願おうか。



「……あの」



ん、なんだよ。俺の顔になにかついてのるか?

俺は不機嫌なんだよ。頼むぜ、イライラだけはさせないでくれよ。



「相部屋の方ですよね……?」

「ええ、まぁ、そうだね」



あー、なんだよもう。そんな見下した眼で俺を見るなよ。

ああああ、イライラする。相部屋なのが不満で仕方ないって顔だな。

気が合うな。この病棟は馬鹿みたいに部屋余ってるんだからさ、わざわざ相部屋にする必要もないよな。

ったく、婦長のおばさんの考えることは分からんわな、ホント。



「あんたはどうしたんだ?この部屋になにかようか?俺の顔見りゃわかるだろ。こんな死に損ないの部屋にさ――」

「いや、今日から私のその――透がお世話になるんです」



私の透ってなんだよ。こいつお母さんかよ。どう考えてもこいつのほうが年下じゃねぇか。

あれか、彼女か。この包帯グルグル巻きのヤツのよ。



「彼女さんですか。俺の相部屋になるこの――なんでしたっけ?えーっと、琴原透君の」

「ええ、まぁ――そうなんですけど……」



あっさり肯定かよ。ったく、わかってんのか?ここが“お情け部屋”だってことをさ。

ここは希望を植えるとこであって、希望は輸入して来ちゃいけねーんだよ。

そもそも希望のある患者はここにはこれない筈だろ?

こいつは時間が経てば治るじゃねーか。所詮怪我だろ?あー、イライラする。クソッタレ!



「なぁ、あんたの名前は?」

「私の名前は――、佐山です。佐山理恵」



へェー、リエさんね。はいはい。

ま、興味もないんだけどね。

実のところ、ここに彼女連れで来る馬鹿は結構多いらしい。

なんで、そんなに多いの?って話になるんだけど、

普通に健康な生活を謳歌してたら彼女ぐらいできるし、そこそこの関係も築けるのだろうね。

でも、ここにくると一変して、付き合ってた女はスタコラサッサと逃げ出すわけだ。

俺でも、逃げるね。あなたの彼女は余命7ヶ月です。とか言われたらさ。



「あの――。あなたの名前は?」



ん?俺の名前?ああ、言ってなかったな。



「桐嶋銀治。漢字は覚えてもらわなくてもいい。銀治とでも呼んでくれ」





薄暗い曇り空。

そんな陰鬱な天候の下、桜の花だけが鬱陶しく咲き誇っていた。

第11話へと続く



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