「僕と雷と」第11話



―Fragment―









「あれ?理恵。今日は遅かったんだな」

「うん、ちょっと用事が片付かなくって」

「そんなに忙しいなら無理に来てくれなくてもいいんだぞ?僕は来てくれるなら、嬉しいんだけどね」



彼女の声が聞こえる。まだ僕にはまだ聞こえるだけだ。

まだ、あの笑顔は僕の瞳の中には映ることはない。



    ◆



今年もまた夏が来た。

空調の効いたこの病室には、春も梅雨も関係なかった。

だが、季節は巡る。僕の心とは裏腹に。



「銀治ー」

「んあー、なんだ?」

「夏は来たんだよな?」

「来たぞ―――ああ、来たんだ」



何の種類かもわからない蝉が鳴いていた。

それはきっと夏の始まりなのだろう。どういう意味であるかは別として。



    ◆



「順調だよ、琴原君。もうすぐ歩けるようにリハビリしたほうがいいかもしれないね。君の努力のたまものだよ」



僕の主治医がこう言った。

―――病い、病気、病的。

この暗闇の中で、気が付けば消えていくのかもしれない、といった感覚。

――いや、既に消えていて、今この瞬間が白昼夢であるかの様な錯覚。

この薬漬けの部屋が、その錯覚を際限なく加速させていく。

毒々しいこの臭いが、自分が存在しないのではないのかと感じさせ、ひどく、目が痛む。

―――それはつまり病的ということだ。





久しぶりに車椅子で病院の外に出てみる。

日差しを浴び、少し眩しいと感じ、手で遮る。

そんななんでもないことが違和感の塊のような――――。

それもそうだ。



―――だって、初めから僕は眩しくなんてなかったんだから。

第12話へと続く



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