「僕と雷と」第12話
―佐山理恵(3)―
久しぶりの部屋に入る。
主がご無沙汰であったその部屋はいつ帰ってくるのか?と考えているのか。
帰ってこない主人のことなど頭にないのだろうか。
―――それとも、帰ってこれない主人のことを考えると笑いが止まらないのだろうか。
私は彼の勉強机のイスに座りながらそんなことを考える。
いつの勉強だろうか?机の上に残ったその跡がこの部屋の時間を止めているようだった。
衣替えが済んでいないクローゼットの中も、組み立てようとしていた本棚もすべてが私を責め立てているようで、
私の胸は酷く締め付けられた。
「やっぱ、駄目」
もう克服したつもりでいた。もう忘れられたつもりでいたんだ。
迫るトラック。運転手と目が合う。
絶望の色に染められたあの中年の小太りのおじさんの顔。
私の目の前で潰れる腕ウデウデうデアシ脚足!!!!!!
「考えちゃ――いけない。いけないんだ」
あの惨状を思い出すと、いつも吐き気が自分を襲う。
気持ち悪くて、おなかの中がぐるぐるする感じ。
でも、あの時期の楽しい思い出も同時に入ってくるんだ。
なんという皮肉なんだろうか。
私の懐古しようとする心が――私の一番思い出したくない、心の抉られた部分と同じ扉で繋がっているなんて。
――――こんなことなら、私、は。
全部、忘れる事が出来たらいいのに。
今更、決心した心に邪まな考えが雪崩れ込んでくる。
同時に自分の甘さ。自分の愚かさ。そして、彼の尊さが頭に――――。
「でも、どうしようもない。私は透が好きだから」
そうだ。私は彼が好き。だから、私は生きていけるんだ。
“佐山理恵”として、生活できるんだ。
「あれ?この本って――」
12月頃だったろうか、彼が読んでいた本。
私が貸してくれ、とせがんだのに、唯一貸してくれなかった本。
勉強机で埃が被っていたソレを私は手に取って、ページをめくった。
……何がミステリ物だ。これはファンタジー?いや、下手をすると子供向けだ。なんでこんな本が――――
◆
むかしむかし、せいようのおひめさまのおはなしです。
おひめさまはまだおわかく、しろにこもるまいにち。
そんなにちじょうにおひめさまはためいきをついていました。
「ああ、だれかわたしをつれていってくれるとのがたはいないのでしょうか?」
くるひもくるひも、おひめさまはまちつづけました。
けれども、おひめさまをむかえにくるおとこのひとはあらわれませんでした。
あるひのことです。
おひめさまのもとにとなりのくにのおうじさまがやってきました。
おうじさまはいいます。
「おひめさま、もし、わたくしめがどうぐつのなかのドラゴンをとうばつすることができたら、わたしとけっこんしていただけませんか?
わたくしはあなたをきづつけることをおそれています。
だからこそ、あのにっくきドラゴンをとうばつし、おひめさまにふさわしいおとことなってかえってきましょう!
だから――おねがいします…」
おひめさまは、そのおうじをたいそうきにいりました。
そして、ひめはドラゴンをとうばつすることができたのなら、けっこんするとやくそくしたのです。
おとうさまもおかあさまも、かれをたいそうきにいりぜったいにくだけないたてと、
ぜったいにりょうだんできるけんをあたえました。
かれはそれをたずさえ、ドラゴンのすむどうぐつへとはいっていきました。
……しかし、おうじさまはいつまでたってもかえってきません。
1にち、2にち、10かたってもおうじさまはかえってこないのです。
「やくそくしたではありませんか……、どうしてかえってこないのです!」
そう、おひめさまはまいばんまくらをぬらし、ひとりヒソヒソとないておられました。
それにきづいたきゅうじたちは、なんとかわいそうなおひめさまなのだろうと、とてもあわれみました。
あるひのことでした。
おうじさまがドラゴンのとうばつにでかけてからひとつきがたとうというとき、おひめさまはきいてしまったのです。
「おうさま、やはりおうじはかえってきませんでしたね」
「それもそうだろう。かれにあたえたけんとたてはオンボロのやくたたずなのだから。
ドラゴンにとうたつするいぜんに、どうぐつのまものたちにくいころされてしまったのだろうに」
「おうさまは、なぜそのようなことを?」
「きまっておろう。わたしはゆるせないのだ。あんなちいさなくにのおうじに、わたしのむすめをやろうなど。
ドラゴンごときをとうばつするていどで、このくにをとろうなんぞ、わたしにたいするちょうはつだ!
わたしはこのくにをてにいれるために、フェニックスのたにまでおもむき、100メートルものきょだいなフェニックスをとうばつした!
そして、おうじょに、そのフェニックスのはねをプレゼントしたのだ。
しかし、あのものはなんだ!しらべによるとあのどうぐつにいるドラゴンは10mにもみたない、こどものドラゴンだ!
あのようなものでしんらいをかちとろうなど、ごんごどうだんだ!」
おうさまはとてもおこっているようでした。
そして、おうさまのことばにおひめさまはきづいてしまったのです。
おうじがこどものドラゴンをとうばつすることで、わたしのごきげんとともにこのくにをとろうとしていたことに。
そして、おうさまはそれにきづいていたこと。
そして―――おひめさまは、それをみぬけなかったということに。
そもそも、おうじさまとはなんのめんしきもありませんでした。
では、どうしておうじさまはわたしのめのまえにあらわれたのか?
“いままで、ほとんどそとにでず、いえにこもっていたわたしにどうやってひとめぼれしたのか?”
そんなことかんがえもしなかったのです。
それは、おうぞくとしては、とても、とても、おろかなことです。
それから三日後。この話は、御伽噺ではなくなります。
―――突然の話で申し訳ないのですが、お姫様は自殺いたしました。
理由は不明。自分の部屋のベッドのシーツをロープ代わりにして、自害なされました。
発見したのは朝、朝食に呼びにきた妙齢の給仕さん。
もう定年だというのに、お気の毒でしたね。
お城の皆さんは何故、死んだのか分からないようです。
でも、私たちは分かりますよね。
お姫様が死んだ理由。
それは―――――――――
◆
本を閉じる。滲む脂汗。バクバク激しい心臓。乾く喉。
どれだけ私が緊張しているか分かる。
こんな創作の主人公と、まさか自分がこんなにも――――!
最後に見た、多分私の終着駅。
『それは、自分の愚かさが醜く、それに嫌悪してしまった成れの果てなんですから!』
こんな言葉が、私の頭に響いているなんて
第13話へと続く
戻る
「気まぐれ作文」に戻る
「管理人の部屋」に戻る